アメリカ社会には何かと新人歓迎通過儀礼があり、野球の大リーグにも伝統のそれがあります。
女装もそう、飲食の代金もたせるもそう、チーム、時代によっていろいろですが、新人が困ったり恥をかいたりは基本です。
時世でやめる。
いいことだと思います。
物事には、時節の花がありますね。
「チームをまとめるための通過儀式」
だの、
「どんどんぬるくなるばかりだね」
だの、
「神経質になり過ぎだ。球界の誇り高い伝統なのに、世の中はあまりに敏感になり過ぎている」
だの、選手やOBの方がつぶやかれているようですが、あるアメリカドラマの、新人通過儀礼のシーンが思い出される方もいると思います。
炭坑のドラマで、家族のために、女人禁制のヤマ(鉱山)で働くことになるのですが、そこにも新人歓迎儀礼がある、新人の全身に、先輩全員でコールタールをベタベタ塗るのです。
初の女性だからいいんじゃないかという声も出ますが、特別扱いはいらないと本人が言っています。
彼女は着衣のままながら、全身にタールを塗られることになります。
男なら多分全裸でしょう。
着衣でもそれは浅ましい行為で、ことさらに胸あたりに塗られる誇張もありました。
仮装儀式も似たようなものです。
だからいい?
だからだめ?
「球界の誇り高い伝統なのに、世の中はあまりに敏感になり過ぎている」
日本人選手も何百キロもの移動をチア衣装で行わされた人がいますし、飲食代金一晩で150万払わされた人もいます。
誇り高い伝統…どんなものでしょうか?
まとめ
女装“くらい”いいじゃないか。
ではその『女装』の二文字に各国の民族衣装(正装)を当てはめてみましょう。
“はずかしめて”“男度胸をみる、つける”イベントに使われています。
使われる側は嬉しいでしょうか?
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