近藤真彦!不倫騒動!ジャニーズ事務所は隠蔽工作か?

ジャニーズ事務所に所属しており”マッチ”という愛称で親しまれていた近藤真彦。

11月12日発売の「週刊文集」で、25歳年下女性社長と5年にもわたり不倫関係を続けていたことが報じられ、ジャニーズ事務所は、16日に「無期限の芸能活動自粛処分」を発表した。

近藤真彦とは?

1997年、近藤が中学1年生の時にジャニーズ事務所に入所し、1980年にソロ歌手としてデビューし、ファンによる数々の親衛隊も誕生した。

歌手だけでなく俳優やタレントとしても活躍し、1984年からレーシングドライバーとしても魅力を発揮した。2002年には、監督業に専念するためにレーシングドライバーは引退したが、現在も趣味として大会にいくつか出ている。

1994年には2歳年下で一般女性の和田敦子さんと結婚し、長い不妊治療を経て、2010年に息子さんが生まれました。奥様の和田敦子さんは、日本マタニティフィット協会ディレクターのヨガインストラクターをされており、実家は九州で会社を経営しているため、資産家のお嬢様だそうです。

スキャンダルは他にも…?

ジャニーズの出世頭として大切に育てられてきた近藤真彦にも、今回の件とは別で、過去に1度だけ大きなスキャンダルがあった。

1989年7月11日、中森明菜(当時23歳)が、近藤真彦の自宅で自殺未遂を起こしたのだ。近藤が帰宅すると、風呂場で中森が腕を切って血だらけで倒れており、傷は神経に達するほどの重症だったそうだ。急いで病院に運ばれ、6時間にも及ぶ手術の末、一命を取り留めることができた。

当時、中森と近藤は交際しており、結婚間近とも噂されていた2人だったが、週刊誌に「近藤が松田聖子と密会をしていた」と掲載されたことで破局。自殺未遂の原因は明らかで、6年間も交際していた中森が、ショックを受けるのは当然のことだった。

その後、中森は半年間の休養をとり、12月31日に緊急復帰会見を行なった。金屏風の前に近藤と中森が2人並んで話す姿から、結婚も噂されたが、近藤は中森に対し他人行儀で、2人の関係についても完全否定したのだった。

ジャニーズ事務所の隠蔽工作!?

今回の不倫は5年もの長い間続いていることから、ジャニーズ事務所の関係者も知っていながら、隠蔽していたとされている。

数多くの人気アイドルを輩出し、半世紀以上にわたり権勢を誇っていたジャニーズ事務所。芸能関係各所からは「帝国」と呼ばれて、メディアへの扱いや露出に関して厳しく統制されていたそうだ。

そのため、ジャニーズ事務所に所属する最年長である近藤の不倫騒動も、記事を揉み消し、隠し続けていたのではないかと噂されてしまったのだ。

実際に、ワイドショーでも批判よりも擁護する声が多く、11月18日の「バイキング」では近藤に対する擁護の意見しか放映されず、「擁護大会が始まった!」と一部メディアでは騒がれた。

それに対して、11月22日の「ワイドナショー」で松本人志が「そんなに厳しい意見を言う人がいなくて。擁護するくらいの人もいるから、見方を変えればマッチをいじめているようにも見える。どこかでガス抜きをしないと。」と言及し、ジャニーズ事務所に堅いイメージがあることについても、「変えていくべき。」と進言した。

まとめ

ジャニー喜多川さんが亡くなられたことによって、事務所を脱退して独立する人や、スキャンダルが明るみに出てきてしまう人など、ジャニーズ事務所の崩壊が見え隠れしているようで、今後の活動が不安になりますよね。

不倫騒動に関しても、数年前からネタは上がってきていたにも関わらず、隠蔽工作を測っていたことにも幻滅しました。

「妻や子供に謝罪と対話を重ねる」と近藤は話しているそうですが、自分が不貞行為をはたらいた事実をしっかり受け止めて、その代償の重さを理解して欲しいですね…。

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